2008年6月22日 (日)

声楽をやり直すことにした。50の手習いである。

 大高イオンのシマムラ楽器へギターの弦を張替えに持っていったとき,

 声楽 と ヴォーカル の 無料お試し教室があることを知った。

 そこで 両方受けることにした。

 最初は,声楽。てっきり男の先生だと思っていたら,あれまチョーーー(byパピオン)美人のとても素敵な若々しい女性ではないですか!

 実は,早くイオンについたこともあって,また,ちと気恥ずかしくもあって,バーでジントニック一杯引っ掛けていたんだけど,そうでなかったら本当に赤面してしまうほどの素敵なお嬢さんだった。

 で,先生も最初は「どうしましょう。こんなおじいさん。」と当惑した感じだったんだが,それはそれ昔取った杵付き。ちょっといじってもらうとさびつた声もあれよあれよと再生。ちゃんと喉が開いて,ベルカントに一歩前進。

 ちなみに,翌日起きたときまでのどが開いていて,声の通りがめちゃくちゃいい。ちょいと響かせてみると,どうも倍音でてる。息子に確認させると「お父ちゃん,高い音と低い音が聞こえる。」ですと。

 いやああああ,プロの指導はすごいねーー。

 で,翌日ヴォーカルのお試し。こちらもかわいらしい溌剌としたお嬢さん。あれこれ発声やって,最後はアカペラで,ハウンドドッグの ff(フォルテッィモ)を熱唱すると,先生呆れ顔で「大変楽しく歌っていらっしゃるのでいいとおもいますよ。」ですと。

 ということで,声楽を1年習うことになった。結構お金はかかるが,なにパチンコなら30分でなくなる程度の金だ。

 これで,週一回30分。あの美しい先生と二人っきりでモジョモジョするんである。

 一気に生きる希望がわいてきた。早くこいこい7月7月。

 復職後,月曜日は絶対に4:30 退社 である!

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2008年6月11日 (水)

戦いの第二部が始まった 当面の敵は校長 そして最終標的は教育委員長

 教育委員会から 不服申し立てに対する弁明書が届いた。

 過去,終息を宣言してもいいと書いたが撤回する。

 戦いの第二部のスタートだ。

 当面の主敵は校長 「この偽善者め!」 by パピオン@武装錬金

 そして,ラスボスは 教育委員長!

 そこまで到達するまでに矢尽き刀折れるかもしれないが,

肉を切らせ,骨を絶つ!

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2008年5月16日 (金)

小学6年生の卒業文集が出てきた ついでに 院生の時に,学園誌に掲載された書評も

 昔書いた文章というのは,読み返すとずいぶん恥ずかしいものだが,究極の恥ずかしさの極み。大掃除をしていたら,小学6年生の時の(学級)卒業文集が出てきた!なんと学級の生徒の文の先頭に掲載されている。

 まあ,運動会について書いてあるのが私一人だったこともあるが,ちょっと先生の心をくすぐる文章が入っていたりして,狙って書いていたとしたらとんでもなくやらしいやつだね。オレ。

 と同時に,何と大学院2年のときに,学園誌に「書評」を書いていた。こちらは,ちゃんと活字印刷物として,発刊されていて,感謝の礼状も入っていた。これ,まったく記憶がないんだが,忙しかった時期によくこんなもの引き受けたものだ。

 12年間で,どのように変容するか見てみよう。

 「小学校最後の運動会」

 長かった小学校生活で一番印象深くのこっているのが秋の体育学習発表会です。

 ぼくたち六年一組の男子は器具係なので朝早く学級にいってうちあわせをした。

 空はすこしくもっていたけれどその日一日はもつようでした。

 うちあわせがすみ器具をはこびだす作業をはじめだすとぼくたちのほかの子もぼつぼつとあらわれてきました。

 やがて開会式,国旗けいようです。

 そのころぼくは書記だったので国旗けいようの役をやらせてもらいました。国旗をあげている間,なんだか自分がとてもえらくなったような感じがしました。

 えんぎにうつってからものすごくいそがしくなって開会式のときははだざむかったのがとてもあつくなりました。

 マット運動や鉄ぼうなどのえんぎがすみ,いよいよ5・6年による騎馬戦です。

 巨人の星の音楽をバックに入場。

 たいこの合図で第一合戦。てきみかた入りみだれて戦う。ぼくたちは四騎ぐらいたおした。またドーンとたいこの合図でもとにもどる。

 するとぼくたちのほうがいきのこっている騎馬が少しすくなかった。

 こんどは最後の戦い。ドンとたいこがなる。ワーとかん声がわいて,てきの大将がこちらの旗めがけてとびかかってきた。ぼくはかたのいたいのもわすれてひっしにがんばった。上にのっている子がてきの大将をのぼらせまいとひっぱっている。そうして乱戦しているときてきの旗のところでかん声がわいた。ふりかえって見るとちょうど○○君が旗をとろうとしているところだった。

 パーンとピストルの音がして全員せい列。

 先生が「赤。」といって赤の旗をあげた。「ワー。」と赤の子がさけぶ。ぼくもうれしくてうれしくてしかたなかった。

 しかし,そうしている間に天気のほうはだんだんとくずれだし午前の部がおわり,午後の部に入るととうとう雨がふりだした。それもはじめのうちはよわかったが午後の部の中ほどになるとザーと強くふりだした。それなのにえんぎをつづけることになった。でもこれ以上器具をぬらすと大変なので器具をつかってやるえんぎは中止になり町別リレーと学級対こうだけをやることになった。だが雨でトラックがびしょびしょになってすべるので砂場の砂を運ぶことになった。もうぼくたちは服の下までびしょぬれになっていたがいっしょうけんめい砂を運んだ。どろがはねて服はどろどろになるし走りまわるのであせがたきのように流れた。中にはころんでべたべたになった子もいる。でもみんな口一ついわずいっしょうけんめいにはこんだ。

 砂をはこんでいるあい間にふと テントの方を見ると校長先生がテントの中から外にでられて見ていらした。子どものことをおもってわざと外へでられたのだな,と思うとぼくたちの校長先生をじまんしたくなった

 やがてえんぎがおわり教室へもどった。みんな口々に「校長先生なんで雨がふってきたときにやめなかったんだろう。」とか「もっとはやく中止にすればよかったのに。」とかいっていた。ぼくもそういっていた一人だけど今思うとやっぱりやってよかったなと思う。

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 こら,もう少し漢字を使わんかい。句点が少なすぎるぞ。と思うものの,なんと文体の骨格は今とまったく変わっていない。

 とうことは,38年間進歩がないというべきか,この時期に人個々の文体はおおむね形成完了するのか,まあ自分は前者なんだろうなあ。が,一応起承転結はおさえているじゃない。 

 下線部はいま入れたんだが,ここらが良く見ているというかいやらしいというか・・・今の汚れきった教員としての自分なら「校長!おみゃーも一緒に外でて砂運ばんかい!」とどなるところだが,純真だったのねえ。

 あとの生徒は,やはり修学旅行(この年大阪万博があり,なんと奈良京都を1日で回り,次の日は万博だったのだ。なぜかアメリカ館ではなく,ソ連館を主に見学した。○共の先生がいたのかな。首には迷子防止&識別用に黄色のスカーフを巻いて,まるでコルフォーズのこどものよう。で,長い長い行列の後ろにならんだが,「先に行きなさい。」とずいぶん多くの方々が前に行かせてくれて,結局1時間以内に入館できた記憶がある。よき日本人のじだいだな。)

 それから,中津川の野外学習 が多い。あとは担任のせんせいについて,クラブ活動,分団長,友達などの順だ。多くはファックス原紙(今の人はしらんわなあ。4mm四方だぞ。)1ページ。私と数名が2ページ書いている。文章が冗長になるのもかわっとらんなあ。

 好きだった山口さんの,担任について書いた文。文字もきれいだなあ。6年最初の学級写真ではぼくの隣に写っているんだな。どうしてるだろうか。   遠い目・・・

 最高に笑えるのが,最後の「寄せ書き」

 書いてある言葉が,「前進!」

 これ,昨年の卒業生に向けてのはなむけの言葉として書いたものとまったく同じ。

 やっぱ成長しとらん,この38年。

 長くなったので,書評は明日にでも。

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2008年5月10日 (土)

御在所岳 中津川鉱物博物館 八曾釣り場 おちゃらけ料理番組(ニコ動)

 ひさしぶりだなあ。

 連休中は,2月4日に,母と息子を連れて,御在所岳へ。ここのロープウェー,昔は多人数乗りだったが,8人程度乗りに変わっている。

 前回は,嫁さんとの初デートだったから11年前か。このときどうだったか記憶がない。

 学生時代に一人でここのスキー場に来て,3時ごろ雲海に包まれてしまい,リフトのガラガラ音は聞こえど,方角がまったく分からず,完全にホワイトアウト状態になりめちゃあせった記憶がある。

 山頂付近のレストランで昼食。季節限定弁当・シカ肉の刺身(ルイベ)・しし肉のほう場味噌など食べる。うみゃー。この手の観光地としては良心的な値段だった。

 昼過ぎに雲が厚くなってきたので早めに下山。3時半には山腹駐車場についたが,まだこれから上がってくる車がたくさんいた。この時期,午後からなぞ自殺行為である。この日,朝8:00に実家宅を出発し,四日市インターで降りる予定が,四日市東インター直前まで渋滞が伸びていたので,急遽四日市東インターでおり,ちょっと迷いながら御在所岳駐車場に着いたのが11:00近かった。

 帰りは,どうせ上道は混むだろうと思い,1号線をのんびりドライブ。母や息子にあれこれレクチャーしながら帰り,なつかしの6番町5番町あたりをうろついていたら,6:30ごろ実家。これから料理を作る気もせず,外食とした。

 5月5日は予想通り雨。滞っていた部屋の片付けやアイロンがけで一日過ごす。

 5月5日は,中津川鉱物博物館へ,かねて連絡してあった蔵書の寄贈と石割体験に。伊勢湾岸道路・東海環状・中央道いずれも比較的快適に走れ,9:30に到着。

 ちゃんと入場券を買った上で,蔵書を寄贈。お礼に絵葉書をいただき虚萎縮する。内部の展示物は,小さな博物館ながらとても充実していた。

 11:00に水晶彫り体験があったので,移動。結構大雨だったが,屋根つきの体験場で,息子が水晶堀にせいを出す。「大きさより晶形のいいものを探せ。」と指令を出す。砂の中に埋まっているのだが,カリ長石が多く,結構難しいようだ。親子集めてざっと40人ほどがチャレンジしていた。ある奥さんは直径3センチほどの煙水晶を掘り当てていた。うらやます。

 その間,ボランティアで講師として見えていた,近年退職された中学理科の先生とお話をする。岐大で,鍾乳洞やってたそうで話が弾む。

 自分はロックまがい,シャワークライムまがいはやったけど,ケービングは未体験。ザイルつたって降りて,その下20メートル空洞だったこともあるとお聞きし,「あひゃーー。」である。

 学校からルーペを借りていたので,3~4人の子供さんや親さんの掘り出した結晶を鑑定するミニボランティアをする。さすがに水晶ぐらいは分かります。

 坊主は,結構晶形のいい長径8mm直径1mmぐらいの再び,館内へ。

 一つ一つの鉱物を丹念に観ながら,親子連れや女子高校生に勝手にレクチャーする。親子連れには不気味がられたようだが,高校生2人組のうちのかわい子ちゃんは,よく聞いてくれた。自分たちでこんな田舎の博物館に勉強にくるなんてえらいぞ。

 12:30ごろ,石割体験場へ。タバコを吸えるところがここだったので,早めに移動して一服。お,苗木花崗岩がごろごろと。晶洞の入った岩塊があったので,ルーペでのぞくと,カリ長石のかなりみごとな自形結晶(長径1cmほど)が入っている,ほしーーーーーーー。

と観ていると,石屋さん(本物の石材店のだんなさん)に声をかけられ,しばし歓談。あとで知ったがナカネさんとおっしゃるあそうだ。苗木花崗岩のこと,ここでの体験学習についてのこと(ボランティアだそうだ。)。最近では石材の掘り出しも困難な状況になったこと。中国地方(日本の)の石材村に中国人留学生を入れて研修させたら,数年後,中国から大量に安い石材が入るようになり,結局その石材村はすべての石材店が廃業したなどとお聞きする。よくあるパターンですね。なんと近年では戒名まで入れて送ってくるそうな。

 息子さんが削岩機で岩塊に穴を開け,のみを入れ,小型ゲンノウで一回ずつ叩き,割れた子は持ち帰ることができるというもの。このときにはすでに50人ぐらいの人が集まっていた。

 当然1発目で割れることはない(ドカチンつかえば別だが)が,子供たちも大人もわいわいキャーキャーいいながら,楽しんでいた。ちなみに,石材は全家庭分は十分用意されていた。

 坊主も,4回ほどチャレンジして,4kgほどの塊をいただいてきた。坊主がやれやれというので,しかたなく初手を。一発目はずれたらしい。(なんせゲンノウは柄が短いので感覚が狂う。2発目はちゃんと当てた。が当然割れず。)

 反対側の長石捨て場で見ていたら,先ほどの晶洞入りの岩塊を抱えた奥さんが,ナカネさんたちに「もう少し小さくなりませんか。」と聞いている。

 「やってみましょう。」と,足場組んで,持って入った1.5kgハンマーで叩く。3発目で見事真っ二つに。「ありがとうございました。」って。やっぱ晶洞入りの方を持って帰るのね(*^_^*)

 武節花崗岩の青石(細粒黒雲母花崗岩)に比べると,かなりやわらかい。

 「ルーペありましたらどうぞ。」と皆さんに声をかけてあったんだが一人も希望者がなく,ちょっとへこむ。

 ナカネさん・館の受付のきれいなおねーさんに挨拶し,2:00ごろ退散。秋,紅葉の頃にまた来てみよう。村(今は中津川市か)は,車も少なく,いい感じの山村だった。コンビニで弁当を買って遅い昼食を食べる。

 晴れていれば自分のフィールドへ帰りによって,野帳の書き方やスケッチ,走向傾斜の計り方などを教えようと思ったが,本降りなので,息子の希望した釣堀へということで,犬山の八曾へ。バカカーナビのために大回りをすることになり,ひさびさに鬼走り。かれこれ20年ぶりか。マニュアルでないし,車重のでかいMPVなれど,Sレンジ使うと結構いい吹き上がり。4000回転なんて購入以来まわしたことなかったけど,いいねえ。

 直線路でベタ踏み。最高○○○Kmまで吹き上がった。へへへ。暴走族だね。でも周りに車のないところでです。久々にスカッとした。

 八曾の釣堀は,イワナ・アマゴもいるんだが,いかんせん到着が4:00。息子の借りた竹ざおで2回ほどあたりを出したがばらした。

 結局5時終了時刻になっても息子はニジマスも一匹もつれず。みかねたおかみさんが,ブドウ虫つけてくれて,やっとこさ1匹ゲット。

 やっぱニジマスの超大物を確実に釣るなら醒ヶ井であろう。5:30に帰路に着く。

 途中,鬼走りの高揚感が残っていたため,名古屋市内に入っても,ちとばりばりしちゃった。6:30には帰宅。息子は今日のニジマス,自分は先日干物にしておいたアジを焼いて食べる。

 昨日・今日とあまりに暇なので,黒鯛・ハマチをさばくところをデジカメの動画で撮影し,2.5倍速に編集して5分にし,ニコ動へアップロード。黒鯛の方は,下に敷いた新聞に注目されちゃったので,ハマチの方は新聞なしで。倍速かけると結構ウマいように見えるから笑える。

 ハマチ編は1日で300アクセスまでいっちゃった。お笑いである。

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2008年5月 3日 (土)

財津和夫と小田和正のコラボ 魔法の黄色い靴

 ニコ動で,これを発見。オーーーーーーーーーーーーーーーーー!

 コメント入れまくりだ。

 チューリップのこの曲を始めて耳にしたのが,愛知県体育館。当時中学2年生の俺たちバスケ仲間は,アンタカのイラスト入りスポーツタオル持って,実業団の試合(確か新日鉄VS鋼管だったと思う。)を観にいった。

アンタカさんにサインもらったのも確かこのとき。

 そのとき,試合前の会場で流れていたのがこの曲。「なんじゃこの心地よいメロデーは!」と思って調べてみたら,それがチューリップ。1972年だ。

 チューリップは「心の旅」ほか2~3枚ほどアルバムを買った。以後自分はシカゴ~プログレへと移っていった。チューリップは妹へ受け継がれて,彼女確かファンクラブにも入っていたと思う。

 当時は,フォーク全盛時代。自分の最も古い記憶は小学生時代にテレビで見たフォークルセイダーズの「帰ってきたヨッッパライ  悲しくてやりきれない  青年は荒野をめざす イムジン河(これは放送禁止だったか)」

 帰ってきたヨッパライが1967年ということは小学校5年。「青年は荒野をめざす」が,昭和48年だから,高1だな。

 井上陽水の「人生が二度あれば」で仰天してアルバム買ったのが,1972年,中2のときか。「氷の世界」まではついていけたがそれからはしばらく離れた。

 大学時代は,好きになった女の子がオフコースのファンだったこともあり,どっぷり。当然,現在までの小田和正につながるわけだ。就職後は,巽悟狼および「ロア」のマスターの影響で,つい5年ほど前までハウンドドッグに走っていたが。

 あとは,お決まりのかぐや姫。そうそう,「赤ちょうちん」やら「神田川」。高校のとき,映画も見に行った。結構衝撃的だったよ。秋吉久美子が鶏を武者ぶり食うシーン。ま,あの見事なヌードも当然だが。この映画1974年なので高2のときか。

 こうしてみると,我ながら結構今の小中高生とは,精神的発達段階が異なるなあ。

 自分が特異なのかとも思うが,巽悟狼などは高校時代に日活ロマンポルノほとんどみてたらしいからな(これ,いやらしいってのも多分にあるけど,それだけじゃないよ。当時の日活ロマンポルノは,エロティックなシーンを入れればかなり自由に監督の自己表現を実現できたから,かなり社会的な問題提起や実験的な映像表現もあった。岡本麗田中真理宮下順子谷ナオミ東てる美泉じゅん美保純高倉美貴などみんなこれに出演している。

 まあ,まじめなよい子の私は,高校時代には2本ほどしか見ていないが。(結構どきどきものだったよ。))

 中学校で転校し,鳴子台中学に入ったら,英語の映画を原語で理解できたなんて吹聴している奴もいたしな。

 前も書いたかもしれないけど,五味川純平の「戦争と人間」は,中学卒業時,高校入学前の間に全編読んだし。高校時代に樺美智子の「人しれず微笑まん」読んでるし。庄治薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」1969年は,芥川賞受賞時に買って読んで,その後のシリーズも読んでる。なんと小学5年生のときではないか。

 当然,五木寛之の「青春の門」は,自立編あたりから文庫本の発売を待って読んでいるので,中学~高校時代だよな。

 安田講堂事件が1969年。小5の時。浅間山荘事件が,1972年。中2の時。

 大学入試で同志社行ったときは,中核か核マルかブントか民青かしらないが,入試中にもかかわらず拡声器でわめいていたし,母校だって入学前年にはロックアウトやったらしかったし。

 大学1年の時には,民青が「学内ストやりましょう。」と我が地学1年生の授業に呼びかけに来たとき,すでに共産主義の欺瞞に気づいていた我々はコテンパンに論破して撃退してやったけど。

 ただのマセガキだったのかなあ。

 それでも,自分たちより上の世代。(全共闘世代)に比べれば,物を知らん,幼稚だと思ったものだが。さらに,明治・大正期の旧制高校の人々に比べれば,足元にも及ばないと思ったが。

  教員になってからの,生徒の生態をみると,あきらかに幼稚化しているというか精神的に未発達の状態で「大人」になる人間が増えている。今の中三で,やっとこさ20年前の小4~5程度の精神的成熟度だ。肉体的には発達は早いが。

 今,公立高校を中高一貫化したり,塾と連携して補習をしたりする動きがある。

 でも,これって,根本的な人間の成長につながるのかね。ただの受験のテクニックの伝授じゃないのか?オレだったら,なんでもいい,中学校時代に週2冊3年間で300冊。高校時代に週4~5冊3年間で600冊以上の読書をノルマとして,あとは自由にするけどな。

 それで,おのずと自分の読むべき本が見つかり,人生の指針も見つけられ,なすべきことも発見できると思うが。そうして生まれたモチベーションは自立的なものだから生涯の道しるべとなろうに。

   

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2008年4月27日 (日)

桜の季節 -秒速5センチメートルに触発されて-

 結局 大画面(とはいっても32インチだけど)秒速5センチメートルをレンタルしてきた。

 3回見て,毎回泣いた。

 これを見て泣けるだけ,まだ自分の中に純なところがあるんだろう。

 一話から三話まで,微妙に違っている。ニコ動では,二話に違和感を持つ人や三話で消化不良を訴える人がいる。

 でも自分は,この三話がそろって完結(実は完結してはいないんだが)していると思う。

 最近ネット上での書評(大抵若い人だと思うけど)など読むと,最後に白黒はっきりとした結末がないと不満とする人が多いように思う。でも,当然白黒はっきりしている物語もあっていいが,読み手の心とか価値観とか人生経験とか願望とかいろいろな要素によって異なる受け止め方の出来る小説や映画も面白いんだよ。

 そういう作品は,その作品にめぐり合ってから,年を重ねるごとに読み直し,観なおしてみると,そのたびに新たな感想や想いがわいて来るんだ。

 秒速 の 場合,若い学生さんには三話は消化不良と感じるかもしれない。でも,世俗にまみれた中年(初老)の男にとってはキリキリと胸を刺す痛みを感じるんだ。

 そしてそれが二話の物語によって,これはこれで悲恋ではあるのだけれど救いにもなっているんだな。

 だから,やはりこの 秒速 は どの1編もかけてはならないものなのだと思う。

 監督の新海さんのインタビューを観て,とても聡明で謙虚で誠実で,冷静だけれど内にはすごい熱い情熱を持っていることが伝わってきた。

 いまどきといっては失礼かもしれないが,こんな好青年が日本にはいるんだなあ。監督は否定していたけれど,やはり たかき にそれが投影されているように思う。

 うちの娘も,この物語に登場する二人のヒロインのように,沈思黙考できる,そしてひたむきに人を愛することの出来る子に育って欲しいな。

 中学・高校でこの作品にめぐり合えた幸運な諸君。よかったね。そして折々観直してみよう。そのとき,自分の心が反射して見えるはずだ。

 で,これに触発されて,PVなんぞを作ってしまった。

 曲は 初音ミクの「桜の季節」

 ニコ動にアップロードしてあるけど一応下のファイルでも見られるよ。

っと思ったが,アップロードエラーだ。

見てみたいという奇特な人はニコ動で「桜の季節」で検索してみてね。

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2008年4月23日 (水)

ニコ堂 初音ミク オリジナルにはまる

 ニコ堂に登録したのは結構前だったけど,いつもはパスワード入力の必要のないYouTubeを見ることが多い。

 が,Vocaloid2を,うちの息子のたっての願いで(絶対使いこなせないとは思いつつも)購入したことをきっかけに,最近ニコ堂で,初音ミク オリジナルを見ている。

 まあ,すごい神職人のいることいること。

 私,未だに「さいたさいたちゅーりっぷのはなが」単音までしかできてません。(とっかかって3ヶ月。製作時間総計30分ほど)

 神職人にはとてもなれないまでも,1年かかっていいので1曲はものにしたいな。ちゃんと伴奏付でね。

 で,数ある名曲の中で,今最も「ぐっ。」と来るのがこれ。

http://www.youtube.com/v/jKNFJcChOpQ&hl=ja  

もう,50おじんがうるうるなのだ。おそるべし神職人。おそるべしVocaloid。

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2008年4月20日 (日)

夏休み 高知へ帰るぞ!

 2月にお世話になった民宿のHPを久々にのぞいたら,なんと本祭り2日目と後夜祭は予約完了とのこと。あわてて前夜祭と本祭り1日目の予約をとり,とりあえず夏の高知満喫旅行2日分の宿は確保できた。

 2月の高知4日間の旅行以来,すでに自分の心は高知にあるのだ。だから高知へ「帰る」のだ。父はカラフト・母の父・母は滋賀県出身ということで,たまたま名古屋で生まれ育っただけである。高知の方々には「都会」といわれたが,どこが都会なものか,先日息子と東京へ8年ぶり出かけ,その前には大阪に出かけたが,東京はさすがに「都会」である。発達した交通網・様々な商業施設・公共施設。かれこれ20年ばかり前から修学旅行などで何回か東京へ行っているが,大手町あたり歩いていても,人とぶつかる心配がない。身のこなしがすばやいのだ。東京人は。

 一方,浅草・両国・巣鴨に行けば,古き良き江戸情緒が味わえる。

 さて,この名古屋という「都会」。経済は良好(だった)そうだが,美術館や博物館・美術館・科学館・図書館(鶴舞は結構蔵書を誇っているが)のヒンソなこと。いや学芸員の努力をけなすつもりはないが,ボストン美術館だって,ボストンてアメリカの何番目の都市だい?MITやスタンフォードはどこにある?スミソニアンはどこにある?名古屋市の科学館には,地質・岩石のコーナーもないんだぞ。いまや風前の灯火となりつつある蒲郡の「生命の海博物館」。決して大きな施設ではないが,先カンブリア紀から古生代まで,その展示はすばらしいものがあるぞ。

豊橋の「自然史博物館」なら,原始地球の形成から新生代まで,系統的にしっかりと学ぶことが出来る。適切なテキストさえ作ってやれば,幼稚園から大学生まで自分の手で地史を学ぶことが出来る。

 最近,某イオンがあちこちに大型モールを建てている。その中に,分野ごとに分けて美術・博物・科学・図書などの施設を組み込んでやればいいのだ。

 緑区なぞ,区民11万を超え,名古屋市1の人口を誇るのに,図書館は緑高校の敷地内にぼさっと建っており,「蔵書をおゆずりください。」とあるので,寄贈を申し出てすでに1ヶ月になるのに,何の連絡もない。

 あかずの踏み切りはあいかわらず(中途半端に高架化して)。車に依存せざるを得ない土地なのに,地下鉄延伸や高速道路は着工まで30年近くかかる。

 高知はいいなあ。朝8:00の中心街で,車は渋滞なく走れる。

 バスで30分も乗れば,空と海と浜辺しかない,でっかいぞー太平洋!を実感できる桂浜。北へ行けば,三波川変成岩の緑色片岩の石で川底が覆われ,エメラルドグリーンの輝きを見せる吉野川。

日曜市は,観光者目当てだけでなく,ちゃんと市民の生活をささえている。食料品の物価は名古屋の50%前後で鮮度抜群。

 4日間の旅行中,どこで誰と話してもとても気持ちよく,すがすがしい気分を味わえた。

 

 ということで,とりあえず退職までは,いやいや名古屋市に勤め,退職後は即高知へ移住である。年金もらえるまでの5年間をどうするかであるが,何とかなろう。このところわけあって,炊事をすべて行っているが,2ヶ月間で,同じメニューは3回ほどしかないぐらい,とりあえず料理は出来る。ものによってはそこらの店で食べるより「わしの方がうまいがな。」である。(うぬぼれモード)

 食べていけるだけ稼ぐ料理屋でもやって,休日は釣りに家庭菜園にシャワークライムに地質調査に絵にラフティングに史跡めぐりに寺めぐりにと,めちゃくちゃ充実した老後を迎えられそうだ。

 はやく退職したいよー。

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2008年2月13日 (水)

あっという間に1週間 英会話教室2回目

 もう1週間たってしまった。勤務しだすと,なにやらかにやらやらなきゃならんことや,この際やってみたいことなど一杯出てきて,日の過ぎるのが早い。この1週間の出来事は,いつか書き足す予定。

 さて,火曜日といえば,英会話である。前回,教会に駐車場があることが分かったので,車で6:57到着。

 雑談が始まっておいて,今日のメインteacherはハン先生のよう。「今日は寒いね。」「昨日は温かかったけどね。」などと話していた。

ハン先生の自宅では,11月から3月まで雪の中で,一晩に25フィートも雪が降ることもあるそうな。まあユタ州といえば,緯度的には樺太より高いところだから当然といえば当然か。

 「みんなスキーするの。」と聞くと「そうだよ。僕も大好きだ。君は?」と聞かれたので,「うん。好きだったよ。大学時代は年に2週間はすべりに行ってた。検定1級も持ってるけど,20年近く滑ってないからぜんぜんだめだよ。」 teacher→「いや,自転車の乗り方はどんなにのってなくても忘れないから,スキーも同じだよ。」と慰めてくれた。

 今日は,」女性がもう一人増えて,男性2人,女性3人の5人の生徒でスタート。今日の歌は「私たちは神の子」。お祈りを捧げてから,今日は最初からテキストを使用。「Where were you born?」がタイトルで,テキストには5人の外国人が載っていて,どこの生まれか考える。5人のうち,ono apolpo と ロナウジーニョはわかったけど,他の3人は知らない人だった。amokisan→「onoはshort track skaterだよね。」「ロナウジーニョは今おでぶだよ。」 teacher→「なんで?」 amokisan→ 「わかんない。きっと大金つかんだから,練習サボってんじゃないの?」なんて話した・

pronauceationのお勉強。「音節」Syllableについて,one Syllableの文節と two Syllables の文節の例を教えてもらう。事例はaren'tとweren'tなど,be動詞やdoの否定形についてである。まあdon'tとdoesn'tの違いは簡単である。がじゃあpronauceationは?と聞かれると,こりゃ難しい。

家に帰ってhttp://allabout.co.jp/study/bizenglish/closeup/CU20030225bui10/index.htm

を見つけた。ここに書かれているように,Syllableについて理解することは,大変重要であることがわかった。そしてspeakingを支えるのはhearing,reading,wrightingであることも。たった2回の英会話教室だけれど,よく納得できる。一応,中・高・大・院と12年も英語を(いやいやながら)勉強したので,少なくとも中・高生レベルのテキストならまずまずreadingできる。wrightingは,つづりを忘れているものが多いけど。hearingは,ニュースで,アメリカやイギリスの報道場面などがあれば,出来るだけ字幕を見ずに聞き取ろうと努力はしてきた。(といってもABCnewsのコメンテーターたちのスピードにはとてもついていけないが)

 hearingやwrightingを向上させるには,基本的には,もっともっとwordを身につけなくてはいかんというのが実感。

 だから,この教室のようにspeakingの場面があれば,あとは現在形だの進行形だの過去形だの完了形だのにこだわらず,えい,やっと度胸さえだせば,相手がこちらの言うことを理解しようとしてくれるならば,結構通じるのだ。

 現在の中高の英語の授業では,speaking,hearingを重視してreadingやwrightingがちょっと軽視されすぎてるんじゃないかな。だって大半の日本人は日常的に英会話をする場面がないんだから,上記のURLに載ってるように, ベースとしてreadingやwrightingが上達してなきゃすぐにspeakingやhearingの能力は落ちちゃうでしょう。

 いやいやながらも,単語覚えたり,文法覚えたおかげで,NETで英文に接しても,ある程度内容を把握できる。多くの日本人にとって最も多く英語と接するのはおそらくNETの世界だろうから,学校英語でもreadingやwrightingを軽視することなく,バランスよく4つの要素を学習することが大切だろうと思う。

 そうそう,上記のURLには,日本人とNativeとの発音の周波数の違いが解説されていた。500Hzも違いがあれば,そりゃなかなか聞き取れないし,しゃべっても理解してもらえないだろうな。

 スペイン語やポルトガル語は,比較的母音がはっきり発音されるので,実は英語よりも聞き取りやすいのだ。英語のvとかfとかthのような難しい口の動かし方をしなくても,文章をローマ字式に読んでいけばいいし(本当は微妙に違うんだろうけど)。

 ただし,スペイン語やポルトガル語は,男性名詞と女性名詞が明確に分かれていて,それに伴って,動詞や冠詞が変化するので,これはこれで厄介なのだけど。

 まあoで終わる名詞は男性,eやaで終われば女性と思っておけばまずはダイジョウブだけどね。

Ele i un  bonito. Ella i una bonita.ってな感じかな。

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2008年2月 6日 (水)

英会話教室に行った。 No1

 今日,5:00に退社し,6:55ごろ2月1日にやってきたモルモンの教会へ行ってみた。小さいけれど小奇麗な教会のドアを開ける。もうドキドキものである。

 「Good evening」と声をかけると,中から「Good evening」と返事が返ってきた。でも「Please come in.」って返って来ない。しばし待ったと,意を決して入っていく。開いていたドアに入ると二人の外人さんがいた。下のMP3のように話し始めると,すぐに一人が私のことを思い出してくれて,shake hand である。

「e0001.mp3」をダウンロード

 彼はハン先生(なんてつづりだろう。次回聞いてみよう。)。よくみると,もう一人も先日うちへ来た人だ。彼はオーギュデント(アーギュデント?)先生である。んー難しい名前やなあ。

 他の生徒さんはまだ来ない。仕方ないので, Where are you from? から始めてしばしおしゃべり。聞いてのとおり,こっちは,ザパニーズ イングリッシュどころか,めちゃめちゃ英語である。でも go for brake! である。おそらく人生のターニングポイントを超えたであろう残りの人生。楽しそうなこと,やれなかったことに積極的に charenge するのだ。冠詞が違う?現在・過去・過去完了がでたらめ?能動態受動態が違う?でも「そんなの関係ねえ!」だ。本当は,教室でのやり取りを全部録音したかったが,ICレコーダーに他のデータが一杯入っていて,録音できたのはここまで。あとは

1,solt lake は,まっ平らなので,二輪や自動車のスピードの競技会などに使われるとのこと。

2,オーギュデント先生は,オレゴン州出身とのこと。「どこかわかんない」と言ったら,ホワイトボードに,西海岸の地図を書いてくれて,(上手だったよ) teacher 「ここはワシントン州(知ってるよ。イチローのいるシアトルがある州だ)。ここは?」 amokisan「知ってる。カリフォルニアだ」 teacher「オレゴンはここだよ。」と指差して教えてくれた。amokisan「きれいなところ?」と聞くと  teacher 「そう,山も海も湖もね」だって。隣にいたハン先生に「田舎だね。」っていったら笑ってた。

 amokisan 「うちの学校には,ペルーやブラジル,中国に韓国といろんな国の生徒がやってきている。英語も満足に出来ないけど,それらの言葉も勉強したいんだ。なんて話す。

3,しばらくして,ご婦人が二人やってきた。(AさんとBさんとしておこう,)私より年上で,一人は私程度,もう一人は「私ぜんぜん分からないの」と仰っていた。携帯英和・和英辞典を持っていらした。

4,最後に私と同年代の男性がやってきた。(彼はCさんとしておこう。ちなみに彼は,私よりはるかに英語が上手であった。)今日の授業はこの4人と teacher 二人である。

5,まずは,神様にお祈り。これは先生が唱えて,我々は最後にエーメンと唱えればよし。

6,次に歌。「神のご威光」ていったような歌を歌う。

6,次に先生に促されて,私から簡単に自己紹介。中学校の教師で理科を教えていること,ドラマ「24」が大好きで,いつか英語版で聞き取れるようになりたいことなどを話す。(オーギュデント先生も「24」のファンだそうな。)皆さん簡潔に住んでるところ,家族構成,趣味などお話になる。

7,今日のメインテーマは,「I love to ~」と「I hate to ~」

 この~のところに単語や文章を入れて発表。その理由を答える。

 amokisanは,「I love The compyuter. use and make.I am the administretor of our school's WeB site.I love net sarfin.」

「Ihate to the dog Becorse .I 噛まれた(単語が分からんかった) twise.」って話した。

 Cさんは,コインを集めるのがすきって言っていた。そしたら,オーギュデント先生は,コインを取り出し,「コインには表と裏があるよね。人生もそんな感じだよね。でも神様はどちらもちゃんと見てるよ。(ちょっと後半の聞き取りはあやしいが)って言ってた。

8,ここでテキストを使って,この2つについて,絵付きの文例をしゃべる。忘れちゃったけど,hateの例には,洗濯,通勤,手紙を処理する,整列して待つなんかがあった。

9,次に,一般動詞の過去形で, -ed で終わる場合,[t]か[d]か[id]かの違いを練習。

10,次は,摩訶不思議な「外人漢字」。一人の teacher が 教室の外へ出て,残った teacher が,4人の生徒のうちの一人の名前を,ホワイトボードへ「外人漢字」で書く。で,この外人漢字がわけの分からない縦線やら横線やら点やらの集まりで,まるで子供の落書きである。そして書き終わったとに外にいた先生が入ってきてそれを読み,誰の名前かを当てるのだ。交代で3回ほどやっていたけど,彼らにはわかるんだなあ。これが。

 まったく「ダヴィンチ・コード」だよ,これは。彼らが言うには,宣教師の間だけに分かるコードらしい。

11,次がめちゃくちゃ笑えたゲーム。一種の伝言ゲームだけど,このサンプルを見て欲しい。

Photo

 (1)まず,白紙が渡され,思いついた簡単な英文を書く。

 (2)それを隣の人に回し,渡された人は,書かれた英文を説明する絵を描く。そして赤線で紙を折り曲げ,最初の(1)の文を隠して,次の人に回す。

 (3)回された人は(2)の絵を見て,(1)で書かれただろう文章を考えて書く。そしてまた隣の人に紙を回す。

 (4)(3)の絵を見て,再びその絵の意味している絵を描く。

と(5)(6)と回文するわけだ。

 最後に 紙をopenする。

 大爆笑である。ちなみにこの例に挙げた紙の(1)は,amokisannが書いたものである。医者から止められているので,ビールが飲みたかったのである。・・・・やっちゃった。beer と bear を 完全に間違えた。で,最後は,drinking beer and a bear in dancing.である。

 まったくねえ。beer と bear を間違えるなんて,小学生にも笑われちゃうよ。他の方のスタートした紙も,微妙に,あるいは大きく変容して本当におかしかった。これ,中学生に日本語でやらせても受けると思うよ。参考に皆さんの紙ももらっておいた。うちの学校の他の先生にも見せてあげよう。

12,最後にまた teacher が 神に祈りを捧げてお開き see you nekt week.である。

 で,感想は,「めちゃめちゃ楽しい!」である。学習する内容は,中高生でも十分理解できるものだし,分からないところは日本語でつないでもまったくOKだし。なにしろ,街で外国人に話しかけられて,困っちゃったとき,相手がこちらを見るときの「お前こんなこともわかんねえの。ばっかじゃない?」といった眼をされないだけでも,とっても気が楽だ。まあ,speakingは週1回ではあまり上達できるとは思えないが,結構ゆっくりしゃべってくれるので,hearing のいい勉強になる。teacher同士が話しているnativeのspeedにはまったくついていけないけど,1年もやってればかなりいけるんじゃないか。何より「楽しい」し「ただ」である。当分はまりそうだ。温かくなったらぜひうちの子供も連れて行こうと思う。本当に楽しい一日となった。

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2008年2月 1日 (金)

 モルモンの青年と話した。

 今日で,登校3日目。朝から本校のwebサイトの更新や,調子の悪いコンピュータのチェックなどで,気づいたら5:00だった。もう平常勤務と同じである。ただ,今日もインターを間違えて,築地口の手前の竜宮インターで降りてしまい,しょうがないので「きらく橋」を経由しながら,登校途中の生徒の動画を撮った。

 夕食後,「外国人の人が来たよ。」と長男がいうので,出てみるととても健康そうな青年が二人いた。思ったとおりモルモン教徒の青年だった。「自分は日本で生まれ育ち,万物に神やどる」という気持ちを持っているので,クリスチャン(厳密にはカトリックやプロテスタントなどの正統派キリスト教とモルモン教は異なるのだが)にはならない。

 でも,あなたたちモルモン教徒の敬虔な生活は,リスペクトしてるなどと話をして,大学時代のみじめな英会話体験をめちゃくちゃイングリッシュで話をしてみた。まともに英語を使ったのは,新婚旅行でハワイへ行ったとき以来10年ぶりである。

 でも,結構笑ってくれたので,少しは通じたと思う。相生山の教会で,週1回無料の英会話教室をやっているとのことなので,ぜひ今度行ってみようと思った。

 ちょっとYUTUBEの動画埋め込みテスト

 成功したようだ。これで,PHSでも気軽に見られるかな。

 ちなみにこの曲はTOTOの「Africa」。このバンドはmy fevarit singer or band の best 3 に入る。ことにその中でもこれは大好きです。

Albumは2枚しか持ってないけど,どの曲も完成度が高くてええねえ。 なんて70~80年代の洋楽は素敵だろう。レゲエやラップが台頭してきてからさっぱり聴かなくなったけど,これは日本の音楽も同様で,16ビートのジャカジャカジャンジャンは,ちっとも心に残らない。だから「千の風に~」とか,小田さんの「たいせつなこと」とか「ダイジョウブ」などが売れるんでないかいの。

 ちなみに20年来のオフコ-スファンだけに,多分に身贔屓なところもあるが,「たいせつなこと」はきっといつまでも残る稀代の名曲だと思うのだ。(キッパリ)

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2008年1月31日 (木)

 今日で二日目。

 4月の復帰に備え,ウォーミング出勤を開始して2日目。昨日は生徒の前には姿を見せなかったが,今日は朝の週番のあいさつ運動から参加。何人かの生徒は通り過ぎてから「えっ!」と驚きの表情で振り返り,中には幽霊でも見たような顔をする生徒もいて面白かった。3年生はみんな,一回り大きくなったが,まだまだ1年生のときの面影が色濃く残る生徒が多く,(大半の生徒の名前はわすれてしまったが)懐かしく思った。

 今日は私立一般入試の出願の日だったので,生徒の出掛けにも顔をだした。何人かの生徒が,「先生の授業が良かった。」「これから変わってよ。」などといってくれて,彼らなりの社交辞令とは思うがほほが緩んだ。これから1ヶ月あまり,公立入試の結果が出るまでがんばれよ。

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2008年1月26日 (土)

スケートにいった

 今日,長男とスケートに行った。こけまくって30分もしないうちに泣いて帰ると言い出すと思いきや,なんと始めてリンクに立った瞬間からちゃんとエッジを立てて氷の上に乗ってるではないか!

 すぐにヨチヨチ歩き始め,5分後にはヘルメットを外し,15分後には初心者専用サイドから一般サイドへ移動。1時間後にはがに股ではあるがちゃんとエッジが「立った」状態で滑っている!

 何をやっても才能のかけらも見出せなかったのに,ひょっとするとこんなところに神は才能を与えたのかもしれないぞ。

 彼のすべりの様子は下のファイルをダウンロードしてみてください。

「skate.wmv」をダウンロード

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2008年1月19日 (土)

ワイヤレスモニター付テレビドアフォンを購入した。

 カーマ黒石店に合鍵を作りに行ったら,たまたま パナソニックのワイヤレスモニター付テレビドアフォン VL-SW200K が展示品限りなんと1万9800円だった。状態も極上だったので即購入。

 既存のドアフォンとの交換に2時間ほどかかってしまったが,無事セッティング終了。親機はリビングに,子機は自室に設置した。

 今までのドアフォンだとリビングに呼び出し音が鳴っても,玄関のすぐ目の前の自室ではまったく聞こえず,郵送物や宅配便の受け取りそこねが多かったが,これでそれも解消。親機・子機共にモニターで外の様子を見ることができるので,子供が不用意にドアを開けれることも防げるだろう。

 前から欲しかったのだが,高くてちょっと躊躇していたのだが,価格.comで今調べても,最安値2万9800円なので,超ラッキーだった。ホームセンターや家電量販店はまめに回ってみるものだ。(ついつい不要不急の物も買っちゃうこともあるけどね。)Photo_3 Photo_4

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2008年1月 4日 (金)

お正月に集まった。

 大阪から長男のいとこ(僕の妹)一家が里帰りしたので,長男の祖父母宅でしばし歓談。

 長男もいとこも照れが出る年頃になって,最初はぎこちなかったが,いとこにDSを貸してもらい,なにやら二人でこそこそやっていた。Img_1982 Img_1983Img_1988Img_1987

 翌日,長男がサッカーの合宿だったので,遊ぶ時間が少なくて申し訳なかった。来年度,長男4年生,いとこは6年生である。月日のたつのは早いものだ。

 

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