テレビ放映を録画観賞。
ここ10年ほど前までは,キムタクも含めてSMAPのメンバーは,今ひとつ好きになれなかった。
が,映画「ジュブナイル」(これについては別稿でまた書こうと思う。)で,香取信吾を見て,「へーなかなかいいじゃない。」と感じた。(最近の西遊記〔未見〕では,あまり評価は芳しくないようだが)
草薙くんは,リメイク版日本沈没(こちらも別稿でまた書こうと思う。やはり評価は芳しくないよう)を見て,いいんじゃないのと思った。
キムタクについては,入院中にドラマ「エンジン」を2時ごろなんとなく見ていて(年取って涙腺弱くなってるので,お約束と分かっていながらもいつもうるうるしながら見ていた。)「へえ,彼も悪くないな。」と思っていた。
これも別稿で書くが,家族全員で「HERO THE MOVIE」を見て(ちょっとストーリー的には珍しく物言いはつけたいが),短期集中再放送のTVドラマHEROを録画,一気に見てみて,まあ言われるように演技表現はエンジンもHEROも同じといっちゃあ同じだけど,悪い役者じゃないなあと思った。
で,この「武士の一分」。えがった。山田洋次監督の寅さんは,どうしても生理的に受け入れないのだが〔2作ほどしか見てないので,本当はこんなこと言っては失礼なのだが〕,「幸せの黄色いリボン」を見たときには,しっかり泣かせてもらいました。
本作も,Goodでした。キムタク,もうミーハーにかっこいい。今まで見た邦画の中でもベスト5には入りそう。
「武士の一分」。武士として,人として絶対に退けない一線。
さて,僕の「教師の一分」は。
「生徒と一緒に走れなくなったら去る。(走るといっても競争の意味じゃないよ。)」
「部活でやれるとこまで生徒を引っ張る。」
「憎まれても,教師を首になっても,『こいつに今一撃いれなくてはいかん。』と思ったら躊躇はしない。」
新卒当時こんなところが僕の「教師の一分」だったのではないか。
それから23年。
独身時代は,その心意気で少しはやってきたと思う。
最初の三年間は,最初の年の5月ころ,直接担当もしていない学年の生徒らに絡まれ,40人以上の生徒に囲まれてタイマンをいどまれたことから始まり,熱心に指導したそれが空回りして卒業式前の合唱コンクールで男子生徒の半分がエスケープするなんてこともあった。が,卒業式当日,冷え切った空気の教室での最後の言葉の後,室長が掃除道具箱に隠してあった大束の花束と,全員の寄せ書きを渡され,号泣した日。
部活は,やったこともないソフトボール部の顧問になって,近くのバッティングセンターへ通うところから初めて,何とか市ベスト16まで行った。
次の三年間は本当に充実していた。進路指導の補佐もこなし,卒業式では地元CATVに教室で卒業証書を渡したり,最後の言葉を話したり,見送り後の感想のインタビューも撮影され,放映された。自分自身も今回は本当に満足感一杯で満面の笑顔で終えた三年間だった。
勤務校が変わり,三学年全クラス36クラス,総生徒数1400人あまりというマンモス校から,三学年全クラス13クラスという小規模校に勤務した。
せっかくソフトボールの指導もなんとなくコツがつかめてきたのに,受け持たされたのはソフトはソフトでもソフトテニス。硬式テニスなら大学時代少しはかじったことはあったが,何とこの学校のソフトテニス部は,前年度男女とも市大会3位以上,女子は東海大会まで出場していた強豪校。(ちなみにそのとき顧問をしていらしたのが,今長男の小学校で教務主任をしてらっしゃる。何かのえんかもしれないな。)
「先生,指導お願いします。」と部員に言われても,「ごめん。前の顧問の先生の指導を思い出してがんばってね。」としかいえなかったこの年。前の顧問の先生に何度も来てもらって,大会でも助言をもらって,その年の三年生は自力で市団体2位を獲得した。僕は監督席でただ「がんばれ!」と声を出すだけだった。その年の1年生からは自分で指導をしなくてはならなかった。教則本を20冊近く買い込み,1本20分で9千円のビデオ11本セットを買い,手探りで指導を始めた。
結局,そのときの生徒は3年生のとき,1チームは市ブロック3位で県大会出場,他のチームも善戦した。
厳しく指導したため,翌年以降入部希望者は激減したが,翌々年もう1チーム県大会出場まで持っていけた。
この学校では,進路指導主事2回,生徒指導主事2年経験した。
8年目,学年の指導体制について,学年担当教師集団が二分し,相手集団に「あんたたちは金のためだけに教師をやってるのか!」などと暴言を吐いたりもした。名教労の組織委員に体罰を糾弾され,教育委員会で訓告も受けた。
両親を除いて,自分には守るべき「家族」はなかったから,「教師の一分」をそれなりに貫くことができた。
時代は学校荒廃・体罰容認から体罰厳禁へと移り,生徒はどんどん軟弱化・幼稚化していった。保護者も自分の子供しか見えない・集団の中での自己実現を疎外する過保護・過干渉が増えた。
結婚をし,子供ができ,自分にも「守るべき家族」ができた。
再び転勤となった。
荒れた学校だと聞いてちょっとおじけづいていたけれど,幸いなことに担当学年の生徒は,大半がまじめな良い子でほっとした。教師集団も強い団結力を持ち,まさに「働く集団」だった。自分は副主任だったが,年下の学年主任のすばらしい指導力に感服し,ついていくだけでよかった。
諸事情から部活から身を引いた。かつて自分が非難した人々のように「金のために」が第一優先事項となってきたのではないか。そして「うつ病」を患い2年半。残り十年,自分の「教師の一分」はなんだろう。
「武士の一分」のように,自らの意志を貫いて本懐をとげられるだろうか。お世話になった,校長先生方も次々と鬼籍に入られていく。
さて,残りの十年は・・・ ちょっとシリアスになってしまう一作だった。
今回のなみだ目度(感動度) ☆☆☆☆☆